アドラー流山の会に参加した。
今回のわたしの学びは、
野田俊作『勇気づけの歌』(12)
人は善意で行動するのだが
私の気に入らないこともある
それでも善意があるに違いなく
それができれば感謝もできるだろう(12)
ここに凝縮していた。
「私が気に入らない行動」のその奥にある善意を探すことによって、相手の見え方が変わってくる。
仮想論の力だ。
「善意があるに違いない」と思って探すと、その人なりに周囲と協力的につながろうとしている善意がかならずみつかる。
ひとりで探せないときも、みんなで探すと、かならずみつかる。
…その時わたしは、春になって固い氷がとけて、そこにやわらかな芽吹き見つけたような、そんな、うれしく優しい気持ちになる。
…私も相手も共に幸せになるための「私にできること」が、ふっと見つかる。
午前午後と進むにつれ、グループ全体が、みんな笑顔になり、心がひとつになるのを感じる。
善意が遍満しているのを感じる。
いつも思うのだが、命の洗濯ができ、
勇気がもらえる。
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母の日にもらったカーネーションの花束。
次女の夫さんが毎年贈ってくれるのだ。
いつも、花と葉の、色彩・配色・組み合わせが好きだと思う。
わたしも義母に、母の日のプレゼントを贈った。
今年は、やわらかな洗顔用タオルと、カットワークの花瓶敷きと、リバティーのタオルハンカチにした。
義母は洗顔に気を遣っているのと、庭のお花を家に活けるのが好きなので、選んでみた。
洗顔用タオルがもっとも気に入ってもらえたようだった。「これはとってもやわらかくてお肌に良いわね。今までのタオルがゴワゴワに感じる。」と、いたく喜んでくれた。よかった。
義母は美人だ。いつまでもお肌に気を遣って、美人さんでいてほしい。