アドラー流山のフォロー会に参加した。
いつもながら、勇気づけの場の雰囲気にどっぷり浸かることができ、自分自身にできることのヒントや、課題にしっかりと向き合う元気をもらえた。
今回わたしにとって印象的だったことは、
パセージプラスの第5章のおさらいをしたのだが、そこで、「尊敬」の意味を、みんなでディスカッションしたなかでの、「一回性」についてだ。
アドラーは「尊敬」について、「人間は一回性のものだから、丁寧につき合おう」と言ったそうだ。
一回性とは、辞書には「ある事柄が一回しか起こらず、再現できないこと。(コトバンク)」とあるが、
アドラーが言った意味は、さらに深くて、
たとえば、今家族でご飯を食べていることや今友だちとおしゃべりをしていること、
それは「いつものこと」「あたりまえのこと」ではなくて、
じつはこの時一回限り、昨日の家族とのご飯や友だちとのおしゃべりとも、明日のそれらとも違う。
…ひょっとしたら明日以降はもうないかもしれない、
だから心をこめて丁寧につき合おう…
それが、アドラーの言う「尊敬」、つまり「人間は一回性のものだから、丁寧につき合おう」ということだと、わたしは理解した。
父の介護もそうだと思った。
介護は、毎日毎日同じ時間に同じことをする繰り返しのように感じるが、
でもそれはじつは違っていて、
今日父と一緒にいる時間は、今日一回限り、
昨日父といた時間とも、明日父といる時間とも違う。
ひょっとしたら明日はもうないかもしれない…。
そう思うと、いくぶんダレぎみだったワタシに変化が起こる。
いろいろなことが不自由になりながらも、この生を一生懸命生きている父がとても尊く感じられ、
父との時間を大切にしようと、介護に心がこもるワタシを見つける。
「一回性」という言葉は、人と人をつなぐ不思議な力があると思った。
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今日も暖かい。
送られてきた3歳孫の写真は、半袖Tシャツ姿だw
今年は春の訪れが早いように感じる。
ストックとビオラがよく咲いている。